2008.02.23 Saturday 23:50
日本V逸;「斎宮女御集」資経本原本発見
東アジアサッカー選手権2008
日本 1-1 韓国
残念でした。
岡田監督は試合終了直後のTVインタビューを2・3言で早々に切り上げて
憮然とした表情で去りましたが、北朝鮮戦同様、点の取られ方が悪かったですね。
スコアだけ見れば別段不満もないのですが、失点シーンはもちろん、中盤の攻防で
全体的に優勢負けというか、球際とかどこかしら妙に軽いような印象でしたし。
中国戦での頑張りはなんだったんだろうかと・・・。
[2/24追記:スポナビに宇都宮徹壱さんのコラムが。一番下の‘続きを読む’で]
あとはガンダム00
・・・といきたいところですが、絹江さんがとうとう・・・
まぁあれだけ死亡フラグ立てまくりでしたし、土6でレイプ殺人でもやられた
日にゃぁどうしようか思いましたが幸い?なかったので諦めつきますけどね。
あと5話、ストーリーの展開にアッチェランド&クレッシェンドがかかって
きましたが、最後に出てきた、月にあるというヴェーダ本体↓

月というとまずガンダムX
のD.O.M.E.が浮かんでくるのですが、00世界では
ニュータイプは出てきませんし、その代わりに何が出てくるのやら・・・?

をクリックしてね!
さて、この後はニュースを京都関連で特にてんこ盛り。
まずは、冷泉家所蔵の私家集で行方不明だった1帖が見つかったという朗報です。
散失せず完全な状態での発見という嬉しいお知らせで、京セラミタが資金提供して
三重県が買い取るそうですが、調査が終わったらどうするのでしょうか?
できたら冷泉家に戻してほしいけど・・・。
◆「斎宮女御集」の資経本原本発見 冷泉家から流出、重文級
【京都新聞 2008年2月23日】
◆冷泉家:重文「私家集」39帖そろう【毎日新聞 2008年2月23日】
◆冷泉家歌集、不明の1帖発見 三重県の博物館が購入へ
【朝日新聞 2008年2月23日】
もう1つ、京都関連の朗報で、iPS細胞の研究で注目を浴びる山中伸弥京大教授が
ドイツのロベルト・コッホ財団よりロベルト・コッホ賞を授与されたとか。
この賞はドイツの学問関連の賞の中で最も名声の高いものの1つだそうで、
医学的基礎研究の優れた業績に対して送られるそうですが、日本人では過去に
利根川進・MIT教授や長田重一・阪大教授らが受賞されているそうです。
◆山中・京大教授にコッホ賞 iPS細胞開発で【京都新聞 2008年2月23日】
また、今日は“醍醐寺の五大力さん”として親しまれている醍醐寺の法要、
「五大力尊仁王会」がありました。五大力さんの日のみ授与される御影(おみえ)
“五大力尊御影”は災難・盗難除けの御守として古より広く信仰されている
そうです(私はまだ見たことがないのですがお札みたいな感じのようです)。
そして、五大力さんでもう1つ有名なのが“餅上げ力奉納”ですね。
持ち上げるのにはコツがあるそうで力自慢でなくても何とかなるらしいのですが、
腰痛持ちの私は、さすがにチャレンジしようとすら全く思いません(苦笑)。
◆餅ずしり、老若男女が力自慢 伏見・醍醐寺【京都新聞 2008年2月23日】

をクリックしてね!
オペラも可能なホールとしては関西で唯一マトモといっていい滋賀県立芸術劇場
びわ湖ホール(http://www.biwako-hall.or.jp/)ですが、欧州オペラハウスの
招聘がここ最近急にパワーダウンした感がしていて心配ではあったところ、
ネーミングライツの話が出ているようですね。
(民間と公共の違いがあるけど)ザ・シンフォニーホールのようにホールとしての
活動が先細りしないためにも、滋賀県にはしっかりと充分な財源確保のための
プランを立ててくれることを願ってます。
◆びわ湖ホール、ネーミングライツ導入も検討【MSN産経 2008年2月23日】
最後に、堺に亀山工場の4倍の敷地で第10世代マザーガラス(大型ガラス基板)
対応の工場を新設するシャープから、ソニーが液晶パネルを調達する方向で
最終調整に入ったそうです。
これで日本での液晶パネルメーカーはシャープと松下に集約されそうですね。
◆ソニー、シャープから液晶パネル調達へ【MSN産経ニュース 2008年2月23日】
◆ソニー、シャープから液晶パネル調達
──「サムスン」依存転換、パネル国内2陣営に
【日経ネット関西版 2008年2月23日】
日本 1-1 韓国
残念でした。
岡田監督は試合終了直後のTVインタビューを2・3言で早々に切り上げて
憮然とした表情で去りましたが、北朝鮮戦同様、点の取られ方が悪かったですね。
スコアだけ見れば別段不満もないのですが、失点シーンはもちろん、中盤の攻防で
全体的に優勢負けというか、球際とかどこかしら妙に軽いような印象でしたし。
中国戦での頑張りはなんだったんだろうかと・・・。
[2/24追記:スポナビに宇都宮徹壱さんのコラムが。一番下の‘続きを読む’で]
あとはガンダム00
まぁあれだけ死亡フラグ立てまくりでしたし、土6でレイプ殺人でもやられた
日にゃぁどうしようか思いましたが幸い?なかったので諦めつきますけどね。
あと5話、ストーリーの展開にアッチェランド&クレッシェンドがかかって
きましたが、最後に出てきた、月にあるというヴェーダ本体↓

月というとまずガンダムX
ニュータイプは出てきませんし、その代わりに何が出てくるのやら・・・?
さて、この後はニュースを京都関連で特にてんこ盛り。
まずは、冷泉家所蔵の私家集で行方不明だった1帖が見つかったという朗報です。
散失せず完全な状態での発見という嬉しいお知らせで、京セラミタが資金提供して
三重県が買い取るそうですが、調査が終わったらどうするのでしょうか?
できたら冷泉家に戻してほしいけど・・・。
◆「斎宮女御集」の資経本原本発見 冷泉家から流出、重文級
【京都新聞 2008年2月23日】
京都市上京区の冷泉家に伝わり、鎌倉時代に藤原資経(すけつね)が書写した私家集(重文)の1冊で、唯一江戸期の写本しか残されていなかった歌集「斎宮女御(さいぐうにょうご)集」の資経本原本が三重県立斎宮歴史博物館の調査で見つかり22日、同県が発表した。江戸期に冷泉家から流出したとみられ、同家でも「大変素晴らしい」と喜んでいる。
斎宮女御集は平安中期の歌人で「三十六歌仙」の1人、徽子(よしこ)女王(929-985)の個人歌集。原本は残されていないが、資経本のほか、平安後期に書写されたとみられる西本願寺本など3系統の伝本がある。
資経本私家集は39冊が重文に指定され、歌人藤原俊成・定家に始まる冷泉家が所蔵しているが、斎宮女御集だけが行方不明で、江戸期の写本しか残っておらず、指定から除外されていた。
昨年6月、東京の古美術業者が個人から入手し、斎宮ゆかりの地である三重県の県立斎宮歴史博物館に鑑定を依頼。その後、同博物館が、冷泉家の典籍調査を進めている藤本孝一・龍谷大客員教授(写本学)ら3人の研究者に依頼し、共同で調査していた。
見つかった本は表紙を含めて40ページで、永仁2(1294)年の奥書がある。布目の文様を浮き立たせた珍しい紙質が私家集の他の本と一致することや、字体が江戸期の写本とほぼ完全に一致することから、資経本の原本と結論づけた。
散逸や海外流出を防ぐため、三重県が購入し、同博物館でさらに調査が進められる。榎村寛之・学芸普及課長は「重文級の発見。本の由来から見て、ほかの伝本よりオリジナルに近い可能性がある」という。
藤本客員教授は「古典籍が流出すると、掛け軸にするためにバラバラにされるケースが多く、完全な状態で見つかったのは非常に素晴らしい。資経の原本の忠実な写本だったことで、冷泉家の写本の価値も高める重要な発見だ」と話している。
■不思議な縁感じる
冷泉家時雨亭文庫常務の冷泉貴実子さんの話 今まで行方が知られなかった本が見つかったのは、不思議な縁を感じる。斎宮ゆかりの博物館に購入されてほっとしている。修理をして大切に保存してほしい。
【斎宮女御集】 伊勢斎宮(神に仕える未婚の皇女)を務め、帰京後、村上天皇の女御となった徽子女王の三十数年にわたる作を収めた歌集。同じく斎宮となった娘とともに伊勢に下向したときの歌「世に経ればまたも越えけり鈴鹿山昔の今になるにやあるらむ」などが知られる。
◆冷泉家:重文「私家集」39帖そろう【毎日新聞 2008年2月23日】
歌人・藤原定家の子孫、冷泉(れいぜい)家(京都市上京区)に伝わる国重要文化財の歌集「私家集(しかしゅう)」39帖(じょう)のうち、唯一行方が分からなかった「資経本斎宮女御集(すけつねぼんさいくうにょうごしゅう)」が見つかった。三重県明和町の県立斎宮歴史博物館が調査。県内に工場がある複写機メーカーの京セラミタ(大阪市)が購入費1575万円を寄付し、同県が近く購入する。
私家集は「斎宮女御」と呼ばれた村上天皇の后・徽子(よしこ)女王(929~985)の歌集。重文は、経歴不明の人物、藤原資経による鎌倉時代の写本で、同じ定家直系の二条家が室町時代に断絶後、冷泉家に所有が移ったと考えられている。
冷泉家には、今回見つかった資経本と同じ内容の写本はあるが、他の38帖とは書体が異なっており、江戸時代のものとみられる。
昨年6月に資経本を入手した東京都内の古美術商から連絡を受け、同館が調査を開始。榎村寛之・学芸普及課長によると、最終ページに「永仁二年」(1294年)と「藤原資経」の奥書があった。鎌倉時代の貴族が好んで用いた平仮名がこの写本でも多用されていることや、奥書が他の38帖の多くと共通することが鎌倉時代の写本との決め手になった。【新宮達】
〔※写真:見つかった鎌倉時代の写本、資経本斎宮女御集=三重県立斎宮歴史博物館提供〕
◆冷泉家歌集、不明の1帖発見 三重県の博物館が購入へ
【朝日新聞 2008年2月23日】
歌人・藤原定家(1162~1241)の流れをくむ冷泉家(京都市上京区)に伝わり、39帖(じょう)が国の重要文化財に指定されている鎌倉時代の歌集写本群「私家集(資経本(すけつねぼん))」で、唯一行方不明だった「斎宮女御集(さいくうにょうごしゅう)」1帖が、三重県立斎宮歴史博物館(同県明和町)の調査で見つかった。同館は開館20年記念の目玉として購入し、4月以降の公開を計画している。
冷泉家の私家集は、小野小町ら有名歌人の個人歌集の写本群。鎌倉時代の年記と藤原資経の署名がある。だが、斎宮女御集は、この「資経本」を写したとみられる江戸時代の写本しか残っていなかった。
見つかった写本は縦23センチ、横15センチ、表紙を含めて40ページ。鎌倉時代の永仁2(1294)年の奥書がある。昨年6月、同博物館が東京の古美術商から連絡を受け、専門家と共同で調査していた。
同博物館によると、字の配置が江戸時代の写本と一致し、独特の奥書も藤原資経のほかの写本と同じ特徴があったという。現存する斎宮女御集は伝わった系統によって収録する歌の数が違うが、今回の発見は歌集の成立過程を考える上でも重要な資料という。
斎宮女御は三十六歌仙の1人で、村上天皇の妃、徽子(よしこ)女王(929~985)のこと。「源氏物語」に登場する六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)と娘の秋好中宮(あきこのむのちゅうぐう)のモデルとされる。同博物館の榎村寛之学芸普及課長は「鎌倉時代の歌集の実物が1冊丸ごと出てくるのは稀有(けう)なこと。源氏物語千年紀の年に見つかったのも何かの因縁を感じる」と話している。
購入にあたっては、三重県内に工場がある京セラミタ(大阪市)が1575万円を寄付する。
もう1つ、京都関連の朗報で、iPS細胞の研究で注目を浴びる山中伸弥京大教授が
ドイツのロベルト・コッホ財団よりロベルト・コッホ賞を授与されたとか。
この賞はドイツの学問関連の賞の中で最も名声の高いものの1つだそうで、
医学的基礎研究の優れた業績に対して送られるそうですが、日本人では過去に
利根川進・MIT教授や長田重一・阪大教授らが受賞されているそうです。
◆山中・京大教授にコッホ賞 iPS細胞開発で【京都新聞 2008年2月23日】
ドイツのロベルト・コッホ財団は23日までに、同国最高の国際的医学賞である今年のロベルト・コッホ賞を、さまざまな組織に成長できる万能細胞「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」を開発した山中伸弥京都大教授ら、計3人に授与すると発表した。
共同受賞者は、いずれも幹細胞研究で成果を挙げた米スタンフォード大のアービング・ワイスマン教授と、ドイツのマックスプランク研究所のハンス・シェラー教授。授賞式は11月14日にベルリンで行われ、3人に賞金計10万ユーロ(約1600万円)が贈られる。
山中教授は、受精卵を材料にする胚(はい)性幹細胞(ES細胞)と同様の万能性を持つiPS細胞を、人の皮膚から作製することに成功。再生医療を大きく進展させる成果として世界的に注目された。
コッホ賞は2006年に河岡義裕東京大教授、04年に審良静男大阪大教授が選ばれるなど、日本人の受賞が近年増えている。
また、今日は“醍醐寺の五大力さん”として親しまれている醍醐寺の法要、
「五大力尊仁王会」がありました。五大力さんの日のみ授与される御影(おみえ)
“五大力尊御影”は災難・盗難除けの御守として古より広く信仰されている
そうです(私はまだ見たことがないのですがお札みたいな感じのようです)。
そして、五大力さんでもう1つ有名なのが“餅上げ力奉納”ですね。
持ち上げるのにはコツがあるそうで力自慢でなくても何とかなるらしいのですが、
腰痛持ちの私は、さすがにチャレンジしようとすら全く思いません(苦笑)。
◆餅ずしり、老若男女が力自慢 伏見・醍醐寺【京都新聞 2008年2月23日】
巨大な鏡餅(もち)を持ち上げた時間を競う「餅上げ力奉納」が23日、京都市伏見区の醍醐寺であった。12-64歳の男女74人が挑戦し、歯を食いしばって餅を抱え上げる姿に参拝客からは「がんばれ」と励ましの声が上がった。
無病息災を願う法要「五大力尊仁王会(にんのうえ)」の行事で、五大明王に力を奉納すれば御利益が授かるとして戦後に始まったという。
本堂前の特設舞台で、女性は90キロ、男性は150キロの餅に挑んだ。女性の部は兵庫県尼崎市の主婦藤谷栄子さん(50)が7分26秒で優勝し、「練習の成果が出せた。気持ちがスッとした」と話した。男性の部は左京区の会社員勝又昭さん(42)が4分39秒で制した。
最年少で挑戦したが、餅を持ち上げられなかった小学6年の大橋佑梨さん(12)=上京区=は「前回優勝したお父さんにアドバイスをもらったけど、思った以上に重かった」と残念そうだった。
〔※写真:腰を落とし、果敢に餅上げに挑戦する女性(京都市伏見区・醍醐寺)〕
オペラも可能なホールとしては関西で唯一マトモといっていい滋賀県立芸術劇場
びわ湖ホール(http://www.biwako-hall.or.jp/)ですが、欧州オペラハウスの
招聘がここ最近急にパワーダウンした感がしていて心配ではあったところ、
ネーミングライツの話が出ているようですね。
(民間と公共の違いがあるけど)ザ・シンフォニーホールのようにホールとしての
活動が先細りしないためにも、滋賀県にはしっかりと充分な財源確保のための
プランを立ててくれることを願ってます。
◆びわ湖ホール、ネーミングライツ導入も検討【MSN産経 2008年2月23日】
年間約10億円かかるびわ湖ホール(滋賀県大津市)の維持管理のために、ネーミングライツ(命名権)の売却も含めた検討に着手することを22日、嘉田由紀子知事が明らかにした。県議会での代表質問に答え、ホール自体の売却や民営化の考えはないとしながらも、財源確保の策として検討していくと述べた。
びわ湖ホールは平成10年、県が245億円を出資して開館。国内有数の4面舞台を備えた大ホールなど充実した設備は、国内外からも評価は高いという。一方で、人件費も含めた維持管理費が年間約10億円かかることから、民間委託や売却、自主事業の公演数の減少など、経費削減の必要性が叫ばれている。
嘉田知事は「びわ湖ホールは、県民にとって『誇り・宝』ともなっており、生活の中に定着しつつある」と必要性を主張。維持管理費が赤字ではないかとの質問に対しては、「公共ホールの運営は税金の投入がなくては成り立たない。文化政策のための必要投資」と理解を求め、財源確保策として助成金の獲得とともにネーミングライツの導入に触れた。
そのうえで、今年9月に迎える開館10周年を機に、びわ湖ホールに対する実践的評価を行う必要があるとの見解を示した。
最後に、堺に亀山工場の4倍の敷地で第10世代マザーガラス(大型ガラス基板)
対応の工場を新設するシャープから、ソニーが液晶パネルを調達する方向で
最終調整に入ったそうです。
これで日本での液晶パネルメーカーはシャープと松下に集約されそうですね。
◆ソニー、シャープから液晶パネル調達へ【MSN産経ニュース 2008年2月23日】
ソニーが液晶テレビ用パネルをシャープから調達する方向で最終調整に入ったことが23日、明らかになった。これまで韓国サムスン電子との合弁会社「S-LCD」から大部分を調達してきたが、主力調達先にシャープを加え、安定供給やコスト改善を図る。シャープも国内最大手のソニーにパネルを販売することで、外販ビジネスを軌道に乗せる。
ソニーはシャープと近く合意し、契約を交わした上で平成20年度にも調達を開始する考えだ。調達量は未定だが、年間数百万台規模になるもよう。
ソニーは液晶テレビの19年度の販売目標を1000万台を達成する見通しで、20年度は目標台数を大幅に増やすとみられる。こうしたなか、シャープとの契約で複数の大口の調達先を確保したいねらいがある。
シャープが21年度に稼働を目指して約3800億円を投資した「第10世代」と呼ばれる堺市の新工場から大型パネルを購入するほか、20年度については三重県亀山市の既存工場からの購入を軸に検討している。
一方、シャープは新工場稼働による生産能力の増強を受け、液晶パネルの外販を強化し、投資の早期回収を図る方針。昨年、東芝とパネル供給で提携したが、ソニーは最大の供給先となるだけに、注力する外販ビジネスに弾みがつくとみている。
液晶パネルの調達をめぐっては、日立製作所などは、自社生産を縮小し、松下電器産業からのパネル調達に切り替える方針にしており、国内ではシャープと松下の2陣営に主力メーカーが絞られた。
◆ソニー、シャープから液晶パネル調達
──「サムスン」依存転換、パネル国内2陣営に
【日経ネット関西版 2008年2月23日】
ソニーはシャープからテレビ用の液晶パネルを調達する方向で最終調整に入った。2008年度にも購入を始め、テレビに組み込み世界で販売する。ソニーは韓国サムスン電子との合弁会社からパネルを購入しているが、薄型テレビの世界需要が急増しているため方針を転換。調達先を広げて量の確保とコスト削減につなげる。ソニーがシャープと組むことで、競争が激化する薄型テレビの業界再編がさらに加速する。
液晶パネルを巡っては昨年末以降、松下電器産業―日立製作所―キヤノンの3社が連合を結成。連合から離脱した東芝がシャープと組むなど、提携組み替えの動きが広がっている。ソニーがシャープからの調達に踏み切ることで、日本のテレビメーカーによるパネル調達の構図が固まり、国内パネルメーカーはシャープと松下連合の2陣営に集約される。
◆「脱オシム」という方向性~東アジア選手権 日本代表対韓国代表
【スポーツナビ 2008年2月24日】
【スポーツナビ 2008年2月24日】
■フィールドプレーヤー15人の日本代表
韓国戦前日、日本代表の練習を見たら、全体練習に参加しているフィールドプレーヤーは15人しかいなかった。左足首を痛めた岩政は結局帰国。ねんざのため中国戦の前半で退いた駒野はランニングのみ。そして中国GKに飛び蹴りを食らわされて負傷退場となった安田は、幸い大事には至らなかったものの、ボールを使った軽めの別メニューだった。ポジション別で見ると、DF4人、MF8人、FW3人。このメンバーで最後の韓国戦を戦わなければならない。
こうした状況は、対戦相手の韓国も変わらない。
実は22日の練習では、韓国の記者も少なからず来ていて、あちこちで情報交換の輪ができていたのだが、どうやら韓国も10番のパク・チュヨンと22番のコ・ギグが、けがのため出場が難しいという。いずれもFWの選手で、韓国は攻撃の陣容で苦労を強いられているそうだ。日韓どちらも、満身創痍(そうい)といったところである。
こんな中、にわかに「明日のスタメン」として注目を集めたのが、背番号24の橋本である。本職は守備的MFだが、左サイドバックも攻撃的な右サイドでも起用される。FWとセンターバック以外なら、どこでも器用にこなせるクレバーな選手だ。ただしユーティリティーゆえに「器用貧乏」と目されることもあり、これまで招集されることはあっても、クローザー的な出番しか与えられなかった。当人にはいささか失礼だが、橋本のスタメンが濃厚となれば、それだけ今の代表が逼迫(ひっぱく)していることの証左となる。
結果として、当日のスタメンは以下の通りとなった。
GKは川口。DFは右から内田、中澤、今野、加地。守備的MFは中村憲と鈴木、攻撃的な3人は橋本、遠藤、山瀬。そして1トップは田代。前回の中国戦と同じ、4-2-3-1のシステムである。橋本は所属するガンバ大阪で、攻撃的なサイドで起用されたことはあるが、代表スタメンでいきなりの起用はかなり思い切った決断だ。ここまで人繰りに苦労するとは、当の岡田監督も当初はまったく予想していなかっただろう。
■山瀬のゴールで追いついたものの……
試合の経過については、今回はシンプルに記すことにしたい。
先制したのは韓国。前半15分、20番オ・ジャンウンのシュートを日本DFがブロックするもセカンドボールを拾われ、左から13番パク・ウォンジェがセンタリング。これを11番ヨム・ギフンが、左足ボレーで豪快にネットを揺らす。日本、初戦の北朝鮮戦に続いて、またしても1点を追う立場になる。ここまで共に1勝1分けながら、総得点で韓国が2点上回っている。あと2点取って勝たなければ、日本の優勝はない。
しかし、この日の日本は前線でボールが収まらない上に、ボールの取られ方が非常によくない。相手の気迫に飲まれるかのように、1対1でボールを奪われては即座に縦方向にボールを運ばれ、左右から際どいクロスを放り込まれる。マイボールになっても、呼吸の合わないパスが続き、得意のパス回しとポゼッションは影を潜めたまま。必然的に、遠めからのシュートが目立つようになる。
前半17分、ペナルティーエリア手前で橋本がくさびとなり、中村憲が放ったミドルシュートは、惜しくもポストに嫌われる。34分には、遠藤のFKからセカンドボールを山瀬がシュート。韓国DFの中途半端なクリアを、さらに中村憲が左足を振り抜くも、今度はGKのファインセーブに阻まれる。前半はミドルシュート以外、ほとんど日本に見せ場はないまま0-1で終了。
後半17分、岡田監督が最初のカードを切る。中村憲OUT/安田IN。ここで中村憲を下げたのは、当人はもちろん、記者席でも疑問の声が挙がった。だが、負傷あがりの安田をあえて前線近くに起用し、孤立してつぶされるばかりの田代をサポートさせるという意図は納得できた。橋本がボランチの位置に下がり、安田が前線に自らドリブルで仕掛ける動きを見せるようになったことで、日本の攻撃にリズムが生まれる。
日本に同点ゴールが生まれたのは、それから6分後のことであった。ただし、仕掛けからではなく、セットプレーから。後半23分、右コーナーキックから、遠藤が内田にショートパス。これを内田がペナルティーエリア中央に流し、走り込んできた山瀬がダイレクトでゴール右上に突き刺す。
中国戦に続く山瀬の連続ゴールで、日本がこのまま勢いに乗るかに思われた――のだが、その後も決定機が作れないまま、時間ばかりが過ぎてゆく。
岡田監督は、後半34分に橋本に代えて矢野、そして41分に山瀬に代えて播戸と、FWの選手を相次いで投入。だが、前線に人数を増やしたところで、中盤や両サイドでの攻防で敗れてしまっていては、得点の香りなどまったく感じられない。全体的にチームの運動量が落ちていたことを思えば、もっと早い段階で播戸を投入すべきではなかったか。
かくして、その後はゴールネットは揺れることなく、1-1のまま終了。日本はあと1点が及ばず、この時点で優勝の可能性をみすみす逃すこととなった。
■思わず脱力した「球際」というオチ
試合後の会見で、岡田監督は何度も「甘さがあった」という言葉を連発していた。
「甘さ」とは具体的には何か。指揮官によれば「ボール際の強さ。それから、自分のマークが走っていっても簡単に離してしまう。または、相手がロングボール主体で、自分の頭を越えたボールやこぼれ球を全力で拾いにいく」といった部分で、日本の選手には「甘さ」があったという。
一方、ミックスゾーンでの選手の言葉を聞いていると、何度となく「球際」という言葉が聞こえてきた。
「韓国のDFはちゃんとポジションをとっていて、球際も激しい。それに負けないようにしないとあかん」(安田)
「(日本は)球際で弱い。負けても、とりあえずガツンといけば、向こうも気迫を感じるのに、何となく行って、かわされることが多かった」(中澤)
もちろん、疲れもあっただろう。そして中国との激闘を終えて、心のどこかに緩んだ部分もあったのかもしれない。いみじくも、キャプテンの川口はこう語っている。
「中国戦では集中できていたが、山をひとつ越えて慢心していた部分があったかもしれない。それに中2日という日程もきつかった。あまり言い訳にはしたくないけど」
ただし、対戦の順番は異なるものの、日程的な条件は韓国も同じである。それに彼らも、第2戦目の北朝鮮戦はワールドカップ(W杯)予選での対戦を残していることから、何かと神経を使う難しい一戦であった。それでも韓国は、この日本戦においても、最後まで闘争心と集中力が途切れることはなかった。
それに対して、日本はどうだったか。あれほど理不尽極まりないファウルを連発してきた中国には、徹底して冷静なファイトを見せて私たちを感動させたというのに、純粋にサッカーで勝負を挑んできた韓国に対しては、あっさりと「球際」での脆弱(ぜいじゃく)さを認めてしまう――。この東アジア選手権、最後の最後で出てきた課題が「球際」であったという事実に、脱力したファンは少なくなかったのではないか。
「長いキャンプを経て、ここまで頑張ってくれた選手には感謝したいと思います」とは、会見での岡田監督の言葉だ。もちろん、私も彼らにはねぎらいの言葉を送りたい。ただ、それでも、最後の最後で「脱力した」という事実は、決して覆ることはない。そのことが、ただただ口惜しく、そして何とも腹立たしく思えてならない。
■今大会で明らかになった「脱オシム」
最後に、今大会の日本代表について、私なりの総括をしておきたい(大会そのものの総括については、翌日の女子のコラムの最後に書く予定だ)。
まず、この東アジア選手権は、鍛錬の場としては悪くなかったと思う。
もちろん中国戦でのラフプレーと偏向ジャッジは論外だが、あれに近いシチュエーションというものは、W杯予選でまったくない、という保証はどこにもない。加えて、北朝鮮も、中国も、韓国も、おそらくいつもの120パーセントくらいの気迫と闘争心で日本に戦いを挑んできたのだと思う。これほどの真剣勝負は、国内での親善試合では決して味わうことはできないだろう。その意味で、この3試合は「無意味な大会」どころか、今後のチームの成長を考える上で、大いに意義のある経験になったと断言できる。
ただし、招集メンバーが当初の予定と大きく異なったこと、そしてけが人が続出したことについては誤算であった。前者については、岡田監督は「バックアッパーの発掘とテスト」という発想に切り替えることができたが、後者については、さすがに予想外だったに違いない。来月26日のW杯予選・対バーレーン戦に向けて、いったんチームを壊してから再構築するつもりが、いつの間にか「いかに選手をやりくりするか」に目的がシフトしてしまった感がある。結果、田代の1トップとか、安田や橋本の2列目サイドとか、加地の左サイドとか、ぶっつけ本番の選手起用が相次ぐこととなった。
その中でも、3試合を通してさまざまな発見があった。ポジション別に記すと、以下の通りである。
・GKは3人とも遜色(そんしょく)なし。このポジションは、何ら心配はないだろう。
・DFの中心選手は、けがで不在だった闘莉王に代わり、中澤が見事に返り咲いた。中澤の相棒は、阿部か、闘莉王か。今野、水本は、その次のオプションだろう。
・サイドバックは課題多し。右サイドの内田は、今大会で経験値を積んだが、いかんせん守備では課題が残る。バーレーン戦でも引き続き使い続けるのだろうか。加地の左起用については、当人にとってもチームにとっても不幸な結果に終わりそうな気がする。
・MFでは、守備的MFで並び立つ中村憲と鈴木が、チームに安定感をもたらした。
・山瀬は中盤の一角というよりも、セカンドストライカーとして見事に開花した。
・安田は(登録はDFだが)、攻撃的なポジションでの起用が当たった。
・遠藤は依然としてキーマンだが、中村俊や松井が招集されてもポジションが安泰かどうか、いささか微妙な気がする。
・FWでは、田代はよく頑張っていた。今後も招集されるだろう。ただし1トップのシステムなら、高原や巻の起用を岡田監督は第一に考えるのではないか。
以上は、各論めいた視点である。もう少し視点を広げるなら、この東アジア選手権で、岡田監督率いるチームの方向性がおのずと明らかになったことを挙げておきたい。それはすなわち「脱オシム」という方向性である。
この3試合を見る限り、代表の戦い方には「(考えて)走る」というキーワードが完全に欠落したように思えてならない。そして「ボールも人も動く」ことによって初めて実現する、素早い攻守の切り替えやサイドチェンジ、そしてオーバーラップといった躍動感あふれるプレーが、すっかり影を潜めてしまった。ついでにいえば、昨年のアジアカップやオーストリア遠征で見られた、相手にリードされてからの復元力もすっかり低下した。
岡田監督が、どこまで意識的だったのかは分らない。それでも日本代表が、今大会を通じて「脱オシム」という方向性を色濃く提示して見せたのは明白な事実だ。もちろん、だからといって、それについて現時点で是非を問うつもりはない。ただ、それまでオシムのチームの延長線上にあった日本代表が、この大会で「脱オシム」という方向性に大きく舵を切ったことだけは、銘記されるべきであろう。
ともあれ、東アジア選手権はまだ終わっていない。それに女子代表も、優勝の可能性を大いに残している。あれこれ思うところはあるが、まずは最後の中国戦、われらが「なでしこ」に精いっぱいの声援を送ろうではないか。


























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