2008.02.27 Wednesday 23:08
NYフィル in 平壌;嵐電301号車復活記念イベント
[時事]ニューヨーク・フィルの平壌公演、つつがなく無事終わったようですね。
なんか上の写真を見たら音響の悪そうなホールなのですが(苦笑)、
あの国にクラシックに良さげな音響のいいホールなんてあるわけないか。
ネットのストリーミング中継などで見ることもできたようですね。
チェックしてませんでした・・・残念。
ちなみにプログラムは北朝鮮と米国両方の国歌に続いて
・ワーグナー: 歌劇「ローエングリン」~第3幕への前奏曲
・ドヴォルザーク: 交響曲第9番 ホ短調 作品95 「新世界より」
・ガーシュイン: パリのアメリカ人
・ビゼー: 「アルルの女」組曲~ファランドール
・バーンスタイン: ミュージカル「キャンディード」 序曲
・アリラン
だったらしいです。
・The New York Times - North Korea Welcomes New York Philharmonic
・New York Philharmonic / Pyongyang - FEBRUARY 25-27,2008
ニコニコ動画が見られる人は『キャンディード』序曲ですがどうぞ↓
アンコールでこの曲をやったのがミソかもしれませんね(笑)。
[2/29追記:他にも出たので追加しました]
裏の様々な政治的思惑は確かにありますし、また今回の平壌公演で北朝鮮を
巡る政治的状況がすぐに好転するとは思えませんが(というか誰もそんなこと
期待してないし)、戦争や独裁体制賛美のために行ったわけでは決してない、
その点は明らかですし、北朝鮮の演奏家との交流とかもあったようなので、
文化交流という第一目標は果たせたし、今はそれで充分なのではないでしょうか。
後々、北朝鮮の民主化ための礎の1つになればいいな、という願望はありますが。
ただ、今回の大口スポンサーの1人が日本人(チェスキーナ永江洋子さん)で、
ニューヨーク・フィルには建部洋子さん(次期音楽監督のアラン・ギルバートの
母親)を始め何人かの日本人奏者がいて・・・日朝関係がこじれまくっている
現状を思うと、ちょっと不思議な気も・・・なにはともあれ、ごくろうさまでした。
◆NYフィル、北朝鮮公演直前に意気込みを語る【AFP BB 2008年2月26日】
【2月26日 AFP】北朝鮮の平壌を訪問しているニューヨーク・フィルハーモニックのロリン・マゼール音楽監督らが、公演を夜に控えた26日、この前例のない「音楽外交」への意気込みや、これまでの経緯を語った。
マゼール氏によると、今回の公演は北朝鮮政府の招待によるもの。招待を受けた当初は「仰天し、公演を行うのが適切かどうか長い時間をかけて検討した。最終的には国務省と相談して開催を決めたが、その後も、解決すべき問題が数多くあった」という。
その背景にはもちろん、北朝鮮と国際社会との関係や、北朝鮮が最貧国の1つである事実などがある。
それでも、「今こそ門戸を開くべきときだと感じた北朝鮮政府の関係者のおかげで、わずかだが門が開かれた」とマゼール氏は語り、訪朝の価値の大きさを指摘した。
さらにマゼール氏は「米国人には牙なんてない、米国人は芸術を愛し、自分たちの仕事に情熱を注ぐ素晴らしい人種だ。そのことを、公演をテレビで見た北朝鮮の人びとにわかってもらえるだろう」と語った。
同氏はこれまでにも、旧ソ連、サラザール独裁政権下のポルトガル、チャウシェスク体制下のルーマニアといった国々で公演を行ったことがある。そうした経験から今回の公演についても、「閉鎖的な社会で演奏することには慣れている」と自信をのぞかせた。同氏によれば「そうした社会に住む人びとは、いろいろと誤解されて」おり、「自分たちの運命や生活環境を知ってほしいと願っている。理解してもらえることを、生きるよすがにしている」のだという。
一方、ザリン・メータNYフィル代表は前年、訪朝の計画に着手した際に、6か国協議の米主席代表を務めるクリストファー・ヒル国務次官補から話があったことを明かした。
「ヒル氏は、6か国協議をよりよい状況で進める上で、西洋文化を見せることが助けになると考えたようだ。保証はないと思うが」(メータ氏)
なお、米国で最も歴史あるNYフィルにとって1万4589回目の公演となる今回の「平壌公演」を、金正日総書記も観賞するのか―この注目の問題について、メータ氏は文科相以外の閣僚の観賞予定はわからないとした。
公演翌日の27日には、朝鮮国立交響楽団の団員6人との共演も予定している。記者会見に臨んだマーゼル氏は、合同リハーサルは順調で、「演奏者が握手と抱擁を交わす場面があちらこちらで見られた。ぬくもりと同志愛に満ちたリハーサルで、非常に感動的だった」と語った。(c)AFP/Frank Zeller
◆「音楽外交」は任務完了 公演後のNYフィル音楽監督語る
【AFP BB 2008年2月27日】
【2月27日 AFP】北朝鮮・平壌を訪問しているニューヨーク・フィルハーモニックのロリン・マゼール音楽監督は26日、同地での公演を終え、「『音楽外交』の任務は完了したと思う」と語った。
同監督は、「土台は築かれた。この公演が後に歴史的な瞬間として記憶されるようなことになれば、われわれはその一端を担えたことを誇りに思うだろう」と語った。
また、「われわれはいつも通り演奏しただけだ。観客は他人行儀な態度ではなく、温かく迎えてくれた」とした。
演奏終了後、同フィルは観客総立ちの拍手喝采(かっさい)と花束で称えられた。アンコールには朝鮮半島の民謡「アリラン」が演奏された。
マゼール監督は、記者会見で今回の公演の北朝鮮問題への影響を聞かれ、「将来、(今回の公演が)重要な転機として歴史に刻まれているよう望むだけだ」と語った。
また、金正日総書記が姿を見せなかったことを問われると、「それを言うなら、まずは米大統領にわたしの公演に来て欲しいね。政治家は忙しい時もあるのだろう」と答えた。(c)AFP
◆NYフィル平壌公演支えた日本人女性 「静かな伯爵夫人」
【iza 2008年2月27日】
米ニューヨーク・フィルハーモニックの平壌初公演を陰で支えた日本人女性がいる。イタリア在住の資産家、チェスキーナ永江洋子さん(75)で、資金面で協力した。米朝関係の改善に期待を寄せる永江さんの姿を、米紙ウォールストリート・ジャーナルも「NYフィルの静かな伯爵夫人」として伝えている。
熊本出身の永江さんは東京芸大でハープを学んだ後、イタリアに留学し、資産家で伯爵のレンツォ・チェスキーナ氏と結婚。同紙(25日付)によると、1982年の夫の死後、永江さんは約1億9000万ドル(約200億円)相当の財産を引き継ぎ、音楽家や楽団などの支援に尽力している。
主な支援先に挙げられるのはNYフィルのほか、米カーネギーホール、イスラエル・フィルなど。露バイオリン奏者のマキシム・ベンゲロフ氏に名器・ストラディバリウスを買い与え、露指揮者のワレリー・ゲルギエフ氏には公演に向かうための自家用ジェット機を負担した。「音楽は人々を一体にできると永江さんは信じている」と語る関係者もいる。
NYフィルの平壌公演では、北朝鮮からの招待が明らかになった際、真っ先に協力を打診したのが永江さんだった。
北朝鮮が公演を「政治宣伝」に利用する恐れが指摘される中、永江さんは「私は政治や企業から自由であり、それがNYフィルにとってよいと考えた」と同紙に語る。米朝の関係改善に期待を示しながら、「私はいつも政治の問題は考えずに支援している」と反対意見にも屈しない姿勢を強調したという。
◆平壌でNYフィル公演 スポンサーは日本人セレブ女性
【Yahoo!:J-CASTニュース 2008年2月27日】
米国の名門オーケストラ、ニューヨーク・フィルハーモニック(NYフィル)が北朝鮮・平壌で初めてコンサートを行った。会場では米国国歌も演奏され、拍手が起こるなど「友好ムード」が演出されたとの見方もあるが、このコンサートのスポンサーは著名な日本人女性という意外な背景もあった。
■公演費用は2000~3000万円?
NYフィルは2008年2月26日夕、平壌の東平壌大劇場で公演した。ドボルザークの交響曲第9番「新世界より」、朝鮮民謡「アリラン」などのほかに、米国国歌「The Star-Spangled Banner」も演奏。米国国歌演奏の後に会場から拍手が沸き起こるなど、これまでの米朝関係からは想像できない友好ムードが漂った。ニューヨーク・フィルハーモニックによれば、米国、北朝鮮のほか韓国、中国で生中継された。金正日総書記は姿を見せなかった。
東亜日報の社説は「朝鮮戦争以来、半世紀が過ぎてもなお敵視し続けていた米朝間の和解の可能性を知らせる『事件』に違いない」と述べるなど、一部メディアでは「友好ムード」「和解の可能性」も報じられているが、核問題をめぐっては、6者協議で決まった北朝鮮が核計画の申告を拒むなど、米朝関係はまだぎくしゃくしている。
ライス国務長官は2008年2月22日に記者会見では「公演は良いことだ」などと述べていたが、26日の米中外相会談では、北朝鮮の全ての核計画の申告を履行するよう働きかけていくことで中国側と合意するなど、微妙な駆け引きが続いている。
様々な憶測を呼んでいる今回のNYフィルだが、公演のスポンサーは日本人女性のチェスキーナ・永江洋子氏だった。
韓国の一部報道によれば、チャーター便の手配などについては、アシアナ航空やオーケストラを生中継する韓国メディアMBCなどが資金を出している。詳細は明らかにされていないが、公演費用は2000~3000万円と言われており、その全額を永江氏が支援した模様だ。
■ヴェネツィア在住の富豪で、オーケストラのパトロン
永江氏はイタリア・ヴェネツィア在住の富豪で、オーケストラのパトロンとして有名だ。永江氏はハープを学ぶために渡伊し、大富豪のレンツォ・チェスキーナ氏と出会い結婚。1989年の夫の死後、約3000億リラ(当時300億円)とも言われる遺産相続をめぐって、起訴されたが、同年に無罪判決が出た。その後は、その遺産をもとに音楽家への支援を続けている。
今回のNYフィルの平壌での公演について、永江氏にはどのような意図があったのだろうか。
2008年2月26日のニューズウィーク(電子版)は、同誌に対して永江氏が「音楽はユニークな言語。私たちは変化と友好を演出するつもり」と述べたほか、NYフィルの訪問が米中の友好と同じようにことが進むか分からないが、いずれにせよ「鍵は接点を見出すことだ」と述べた、と報じている。
TBSの報道番組「筑紫哲也のNEWS23」でも、ヴェネツィアにいる永江氏をインタビューしており、そのなかで永江氏は
「やっぱり音楽はもう国境がない」
「いい方に向かうといいなと思ってるんですよね~」
と話している。永江氏にとって、「音楽に国境がない」というのが持論であるようだが、彼女が北朝鮮の現状についてどのように考えているのかは不明だ。
京都ファン並びに鉄道ファンに向けたお知らせを1つ。
期日が差し迫ったイベントなのですが、嵐電こと京福電鉄が今度の土曜日、
3月1日に、「帰ってきた301号車 復活記念イベント」というのを行なうとか。
★京福電鉄~帰ってきた301号車 復活記念イベント開催!
なんでも、昭和46年に製造され36年間元気いっぱいに嵐山線を走り続けた
「モボ301形301号車」が老朽化で解体するはずが、鉄道ファンの熱い要望と、
地下鉄東西線延伸に伴う嵐電の新駅開業と利用客の増加を見込んで、解体を
取り止めて再整備の上で運転業務に復帰させる、とのことだそうです。
まぁそれでイベントでもやりまひょか、いうところではないでしょうか(笑)。
ちなみに概要は
特典その1、イベント貸切301号車
当日は301号車をイベント用に臨時貸切して、ご参加者にご乗車していただき、嵐電全線を運行します。途中、帷子ノ辻では一般電車と連結するなど、普通運転では体験出来ない体験をしていただけます。
特典その2、車両撮影会
西院車庫へ入庫した後は、車庫の電車達と記念撮影。この日だけの「懐かしの301復刻版」特別仕様車ほか、普段おなじみの嵐電をすぐ側で撮影していただけます。
301復活記念グッズ販売ほか内容盛り沢山!
開催日/平成20年3月01日(土)
開催時間
午前の部/9時50分~12時過ぎ頃まで
午後の部/13時50分~16時過ぎ頃まで
集合場所/四条大宮改札前
参加人数/各回40名様限定(事前申込み制)
参加料金/大人2000円・小児1000円
お問い合せ・お申し込み
鉄道部 運輸課/(075)801-2512
※イベント電車運行ルート
四条大宮発→帷子ノ辻(連結組成/モボ101と併結)→北野白梅町
→帷子ノ辻(連結解放)→嵐山(3番線)→西院車庫(撮影会)
のようです。申込はお早めに。
また、嵐電に乗る時のお供にぜひこの1冊を↓
★嵐電ぶらり各駅めぐり (らくたび文庫 No. 9)

京都をもっとディープに楽しむための、ポケットサイズな文庫版のビジュアル
ガイドブック、『らくたび文庫』から、今回一気に7冊の新刊(文庫6+別冊1)が
リリースされました。京都の旅のお供にいかがでしょうか?
P.S.
次世代DVDでの東芝のHD DVD撤退に関しての、割と詳しいコラムが日経に
出ましたので、下の‘続きを読む’をクリックしてどうぞ。
◆麻倉怜士が語る東芝HD-DVDの真実(上)・ワーナーの変心
【日本経済新聞:IT-PLUS 2008年2月26日】
◆麻倉怜士が語る東芝HD-DVDの真実(下)・失敗の本質
【日本経済新聞:IT-PLUS 2008年2月27日】
◆規格の勝者必ずしも事業の勝者にあらず【ITpro:四角利和】
【日本経済新聞:IT-PLUS 2008年2月26日】
ブルーレイ・ディスク(BD)の規格発表から6年。HD-DVDプレーヤー第一弾の発売から2年を経過して、突然HD-DVD規格が終息した。私はこの間、2000年ごろから新世代DVDの技術開発の取材に携わってきた。今回の東芝の発表を受けて、深い感慨と少しの失望、そして明るい未来という複雑な感情が交錯している。(麻倉怜士のニュースEYE)
今回なぜBDが勝ち、なぜHD-DVDが負けたのかの理由を振り返って、分析してみるのも有意義なことではないだろうか。なぜならば、BDは最後の光ディスク・フォーマットとして喧伝されて登場したという経緯があり、VHSからこのかたパッケージメディアをプラットフォームとして戦われた規格戦争は、これが最後になるはずだからだ。
論考は2つの部分に分かれる。まず米ワーナーブラザーズはなぜHD-DVDを捨てて、BDだけを選んだのか。そしてこのことが引き金になり東芝が終息宣言をするに至ったのであるが、ワーナーの話とは別に、HD-DVDフォーマット自体、もしくはHD-DVDビジネス自体に大きな問題があったのかどうか。この2つを検証してみたい。
■ワーナーと東芝の蜜月時代
まずなぜワーナーは寝返ったのか。VHS/ベータの時代、その後の初のディスクメディアであるレーザーディスクの時代のビジネスモデルは、ハリウッドのスタジオがイニシアティブを取り、ビデオソフトを発売するというものではなかった。スタジオから販売権を委託されたソフト業者が、その時々で一番良いフォーマットのパッケージメディアを出していたのである。
ところがDVD時代になると事態が大きく変わり、ハリウッドスタジオの意向がビジネスそのものを大きく左右するようになってきた。その典型例がワーナー。もしワーナーが、かつてのDVD規格戦争で東芝方式のSDを推さずにソニー方式のMMCDを推したら、ソニー方式でDVDができたのではなかろうか。それほどフォーマット戦争におけるソフトメーカーの地位は強くなったのである。
DVDの生みの親といわれる当時のワーナー・ホーム・ビデオ社長のリーバファーブ氏に96年にインタビューしたことがある。私の初のDVD本「12センチギガメディアの野望」(オーム社)の取材の際に、ハリウッドはバーバンクのワーナービデオ本社にて会った。このときリーバファーブ氏の横には弁護士がついていて、「嘘を書いたら訴訟を起こす」とまずは脅かされ、ものすごく緊張した。インタビューは4時間にもわたった。
リーバファーブ氏は、88年の段階でソニーに小さなメディアを提案したが蹴られてしまったこと、そしてCDの12センチサイズに東芝のMPEG-2技術をいれると新しいレーザーディスクができるのではないかと発想して、「バックス・バニー計画」として東芝と研究開発をはじめたというエピソードを教えてくれた。
つまり、スタジオ側が明確な意図を持って新しいメディアを作ろうとしたのである。そこに東芝が加わり、「12センチのギガメディア」ができたわけだが、このことが第一次DVD戦争において実に大きなパワーとなった。スタジオが欲しいメディアをメーカーがつくるということにおいて強いパワーとなったのである。
ソニーはCDと同じディスク構造のMMCDフォーマットを、東芝はCDの保護層の半分の薄さの新しいSDフォーマットを提唱し、結局SDが勝った。ワーナーの意向を十分に生かしたから、勝てた。
したがって新世代DVDにおいても、ふたつを併売していたワーナーが最終的にどちらの規格を選ぶかが、ハリウッド的、アメリカ市場的には非常に重要なことであった。1月4日にワーナーがBD専売を発表して以降、大手販売店のベストバイが、ウォルマートがBDエクスクルーシブを宣言するなど、ドミノ倒しのようにBD支持が広がったのは、まさにワーナーの力を示すに十分であった。
ワーナーの新世代DVDへの取り組みは、東芝と協力してHD-DVDフォーマットを開発するところから始まった。東芝がハリウッドで一番親しい間柄のワーナーに話を持ちこみ、ワーナーの意見を取り入れる形でフォーマットを作っていったのは、SDの時とまったく同じである。
■記録メディアを優先したソニー
この間、BDはどうしていたのかというと、02年2月に記録規格を発表して以降、日本におけるデジタル放送の記録に主眼を置いていた。その成果を挙げたら次の段階でハリウッドに参じてBD-ROMを作っていこうと、特にソニーは考えていた。そのターゲットは06年から07年だった。メディアの寿命10年説というのがあり、DVDは97年に始まったので、10年後の07年をめざしたのである。
一方、東芝は録画のことはあまり考えず、最初からいかにハリウッドで支持を固めるかに全力投球してきた。そういった意味ではBD-ROMの開発は、HD-DVDの随分後からスタートしたというのが歴史的事実だ。HD-DVDはワーナーとの共同開発でスタートしたのであり、ハリウッド的には実に有利な地位にあった。
04年秋にワーナー、パラマウント、ニューラインシネマ、ユニバーサルの4社がHD-DVDを採用すると発表した。この後、ディズニーが12月にBD支持を打ち出し、ソニーの子会社であるソニー・ピクチャーズも当然のことでBDを支持した。FOXはブルーレイディスク・アソシエーション (BDA)には参加したものの支持は表明しなかった。
このときのシェアではHD-DVDが圧倒的優位だった。しかしその翌年にBDが反撃に出る。FOXがBDを採用、秋にはパラマウントとワーナーがHD-DVDに加えBDも採用した。形勢が拮抗したのである。
私は04年から毎年ハリウッドを訪れ、ふたつの陣営のスタジオに伺いインタビューをしている。HD-DVD採用を発表した直後の05年1月にワーナーを訪問したときは、HD-DVDのすばらしさを次のように滔々と述べていた。「従来のDVDと同構造なので製造コストが安く、その必然として容量が比較的小さいが、30GBあればBDの1層25GBよりも多い。ビジネスはシングルフォーマットで行くのがベスト」。そのころ、BDは2層50GBへの展開が難しいともいわれていた。
その翌年の06年1月、ワーナーがBDも採用すると発表した後にインタビューした時は、BDプレーヤーでもある「プレイステーション3(PS3)」への期待、BDの製造の可能性についてリアリティーが出てきたことを理由として挙げた。HD-DVDは製造も比較的スムーズだが、BDは0.1ミリ保護層という非常に難しい製造方法だった。だが、松下電器産業がカリフォルニアの試作ラインで行った実証研究で成果が出て、これならいけると踏んだのだろう。
そのとき、私が「BDとHD-DVD両方やるのは大変な仕事ではないか。シングルフォーマットがいいと言っていたではないですか」と尋ねると、「既にわが社は6つの規格でやっているからひとつぐらい増えても大丈夫」と答えた。6つとは、VHS、DVD、HD-DVD、Xbox、プレイステーション2、UMD。「それにBDひとつが加わってもできます。両フォーマットを市場に出し、その判断に委ねます。時間が経過すれば、その答えも出るでしょう。06年はそのための観察の年という位置です」と言っていた。
■不評だった「1枚に2規格」トータルHD
ワーナーは07年のCESにBDとHD-DVDの2規格を1枚に収容する「トータルHD」を発表した。同じタイトルで2つ出すと販売店の場所を2倍とり、なんとかしてくれといわれていたことに応えた一つのソリューションであった。これをみて、「ワーナーは最終的にシングルフォーマットを求めているが、それにたどり着くためにトライしている」という印象を受けた。
トータルHDはCESでも大変、不評であった。BDソフトは06年12月にようやく本格スタートしたばかりだが、すぐにHD-DVDの販売枚数を抜くのは見えていた。このためBD陣営では、「HD-DVDをサバイブさせるものが出るとは……」という意見が強かったのである。結局、ワーナーは秋になりトータルHDを諦める声明を出した。
トータルHDが成り立つためには、両規格が拮抗していることが必要条件だ。07年1月からの販売ソフト数はBDの方が毎月多かった。常に2:1で、流れからすると両者互角に向かうのではなく、BDの優勢が特に夏以降ははっきりと分かってきた。
ワーナーは意識的にシングルフォーマットにしようという意向だったが、07年初めの段階ではまだそれほどはっきりしたものではなかった。しかし秋になると、CESに向け何らかの表明をしなければならなくなった。
なぜシングルフォーマットでなくてはならなくなったのかというと、市場の伸びがHDTVに比べ圧倒的に鈍いからだ。HDのテレビはアメリカで世帯普及率が40%近く。一方、新世代DVD市場はDVD市場の1%程度。この伸びの少なさは消費者がどちらの規格の製品を買うかに躊躇しているためだとみた。
年配の消費者はベータ対VHSの記憶があり、勝ち負けが決まるまで買わずにいようとする。拮抗した状態が続く限り買わないユーザーは多いままだ。収益の主力であるDVDの売り上げも落ちてきた。新世代DVDを離陸させるためには、できるだけ早くどちらかに絞らなければならない。そのためどちらが生き残るかを徹底的に精査した。
ワーナーが最終的に決断するためには3つの要件があった。(1)ワーナー内の両者のソフトの売り上げを見極めること、(2)ハードの状況、(3)PS3の販売動向とその使われ方--である。
社内の売り上げでは、「プラネットアース」というドキュメンタリー作品が今でも新世代DVDの売れ筋NO1だが、当初はHD-DVDがBDを上回った。HD-DVDユーザーがかなり中高年層で、それにふさわしい自然環境ものだったからだ。7月に出した「300」という歴史アクション映画ではBDが売れた。300はゲーム的な映画なので若者が買った。若者はPS3ユーザーが多い。これでワーナーはPS3ユーザーの力を認識した。市場全体では、ソフトウエア販売は年間を通して2:1でBD-ROMがHD-DVDを上回った。
■命運を決めたクリスマス商戦
だんだんBD派が社内でも増えてきた。しかしHD-DVD派も多い。彼らを納得させるには、決定的な実証数字がなくてはならない。それがクリスマス商戦であった。ソフトウエアでは、年末に発売された「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」はBDが上回った。ハードは11月段階では東芝が99ドルというきわめて安いプレーヤーを投入したので、非常にHD-DVDのシェアが上がったが、ソフトの購買には結びつかなかった。99ドルで買うユーザーは35ドルもするHD-DVDソフトは買わない。しかもプレーヤーにソフトが7枚もおまけでついてきたので、しばらく買わなくてもいい、となる。
こうして、HD-DVDではハードの台数を増やしてもソフトに反映しないことが分かってきた。クリスマス商戦では東芝のHD-DVDプレーヤーより100ドル高いソニーのBDプレーヤーが売り上げで1位になった。これで市場はBDを選んだことが分かった。PS3で映画を見るユーザーが増えてきたということも勘案した。
以上のことは、私が1月15日の午後5時に、バーバンクのワーナー・ホーム・ビデオで、二人の幹部に直接会って取材した結果である。このワーナー騒動の渦中に、決断を下した当人に直接確認した日本人ジャーナリストが、私と本田雅一氏だけであることは、私のささやかな誇りである。
彼らは言った。「われわれはあらゆる可能性を検討し、シミュレーションを重ね、どちらのフォーマットを排他的に採用するのがワーナーと消費者のためになるかを、探ってきました。消費者に混乱を与えている2規格両立の状態は一刻も早く終わらせないとなりません。特に年末から年明けにかけては、集中的に討議してきました。その結果、1月3日になってBDで行くとの結論に達し、翌4日に正式に発表しました」
メーカーには手分けして電話をして伝えたという。メールでは真意が伝わらないからだ。そして4日の朝にプレスリリースを発した。世界を震撼させたワーナー事件の始まりであった。
以上が、HD-DVDの開発メーカーであったワーナーがBDに流れた顛末であった。「これから、HD-DVDを採用する可能性はありますか?」と私は、そのときに質問してみた。「ネガティブ。現状の環境が変わらない限り、絶対にないです」。
そもそも、2つの規格が存在していることこそが消費者の混乱と困惑を招いているというのがワーナーの見解であり、そのためにはメジャーな規格に自身を統一する必要があった。
逆にもしBD-ROMを棄てHD-DVDを選んだら、両陣営はさらに拮抗することになり、消費者の買い控え状態がさらに悪化することになる。だから、ワーナーにはBD単独選択しか道がなかったことが、このときの答えではっきり分かった。東芝の撤退は東芝自身が決めたことであるが、実はワーナーの意向に忠実に沿った出来事でもあったのである。
最終的にスタジオの意向がフォーマットを決めた。つまりかつてのDVD、今の新世代DVDともにソフト主導で決断されたのであった。
◆麻倉怜士が語る東芝HD-DVDの真実(下)・失敗の本質
【日本経済新聞:IT-PLUS 2008年2月27日】
HD-DVDの敗北の要因は、短期的にみれば米ワーナーブラザーズがHD-DVD陣営から抜けたので撤退まで追い込まれたということだが、本質的にはそれに至る道があった。
■パッケージメディアは容量が命
HD-DVD最大の問題点は容量が少なかったことである。容量はエアチェックメディア、再生専用メディアどちらで使われる場合でも、もっとも重要なスペックだ。エアチェックメディアの場合、特に容量は生命線だ。ベータが基本1時間、VHSが2時間というかつての規格争いで、VHSが勝ったのも記録時間が一番大きい要因ではないか。
容量の話で、私には忘れられないエピソードがある。私の初のDVD本「12センチギガメディアの野望」(96年、オーム社)の取材で、日立製作所の当時のK技師長に会ったときのことだ。彼は「SD(東芝・松下提案)とMMCD(ソニー・フィリップス提案)の両者を検討して、戦争はSDが絶対に勝つと思っている。MMCDは3GBしかないのに、SDは5GB。容量が多ければ絶対的に勝つ」と断言していた。結局そのとおりになった。
少し長くなるが、非常に大事なことなので、私の本から引用しよう。
日立にもご他聞に漏れず、ソニーと東芝からそれぞれ自社陣営への参加の要請が来ていたが、最終的にSDを決断した理由は「記憶容量の違いだった」と当時のK技師長は、述べた。これは実はK氏の体験から出た言葉である。「似たような規格の製品」とはVHSとベータのことを指す。
東海工場の工場長だったA氏はビデオウォーズにおける日立の指揮官であった。VHSとベータは確かに、カセットの大きさは違うものの、出来ることはほぼ共通である。では,なぜVHSが勝利を収めたのか。謂集するファミリーメーカーの数が多い、レンタル市場で主流になった……などのさまざまな理由があるが、最も根本的な理由は、録画時間の差である。1975年に登場したソニーのベータは1時間記録方式、一方、それから1年後、76年に登場したビクターのVHSは2時間記録であった。ベータは放送局でのVTR使用の実態から、家庭での録画は1時間もあれば十分とした。一方、VHSは映画ソフトやサッカーの試合をまるまる1本のカセットに収録するには、2時間は必要であるとした。倍速や三倍速の技術が開発されると、ベータは3時間、VHSは6時間とさらに相対的に差が広がった。
「似たような時期に、似たような商品が出た場合、容量の大きいほうが、最終的には必ず勝つ」という法則は、まさにVHS/ベータ戦争の教訓であった。K氏の個人的な経験が、そのまDVDに対する社の是となった。
「日立にとって“大容量”という条件は、絶対に譲れないことです。その点が、規格としてユーザーにアピールする最大の魅力になるはずです。これからはデータ量が増えるのは必至。インターネット、CSデジタル放送、ビデオ・オン・デマンド……など、家庭に走る情報が大幅に増えます。半導体もパソコンも周辺機器もマルチメディア情報を扱うようになり、それを収容する記録メディアも容量が増えなければなりません。容量が大きくなるのはメディアの自然な流れなんですよ」(K氏)
しかし、後日談だが、こう私に「大容量でなくてはならない」と説いたK氏が、その後、日立を退社して、某社のHD-DVDのコンサルタントになったのには心底、驚いた。
それはともかく、BDは1層25GB/2層50GB、HD-DVDは1層15GB/2層30GBである。物理容量では明確に負け戦だとわかっていながら、それでも東芝が開発を進めたのは、圧縮技術が進むという見通しがあったからだ。VHS/ベータのときは物理容量だけが要件だったが、DVD以降のデジタルメディアでは物理容量とデジタル圧縮という2つの案件がある。物理容量が少なくても高圧縮できれば比較的きれいな画像のまま長時間録れるわけだ。
ところがここが大きな落とし穴で、圧縮による論理的な容量増加のメリットはBDでもまったく同じく享受できるのである。圧縮技術はフォーマット独自のものではない。汎用的技術を使うわけで、BDの方が容量がある分、結局、さらに長時間録れるのであった。
「松下電器のBlu-ray Disc大戦略」(日経BP社)の取材のとき、印象に残った言葉がある。松下の光ディスク技術者、大原俊次氏がこう言った。
「問題は、絶対不変な真理と、人技でなんとかなる部分を分けて、考えることです。カバー層を0.1ミリまで薄くすれば、容量は増えるというのは、自然法則の真理です。しかし±2ができるか、できないかは、人の問題です。カバー層厚に対する比率でいうとDVDの5%(=30ミクロン/0.6 mm)に対し、BDでは3%(=3ミクロン/0.1 mm)と同程度です。自然法則から見たら一緒なんです」
ここでの大原氏の発言は、いかに高精度で生産性を上げることに挑戦したかというくだりのものだが、「絶対不変な真理と、人技でなんとかなる部分を分けて、考える」――つまり物理特性から来る容量は絶対不変な真理であり、圧縮技術は「人技でなんとかなる部分」であると、私は解釈したものだ。確かに0.6ミリ構造をひきずったHD-DVDでは1層15GBが限度だが(その後17GBまで拡張されたが、幻に終わった)、0.1ミリという薄膜の保護層のBDでは25GBを獲得できる。これこそ、神の手による容量の違いなのであった。
過去からの容量増加には実は法則がある。それは新しいメディアでは容量増加が5~6倍なければ、新しい世界を樹立できないというものだ。700MBのCDに対しDVDは4700MBだから約7倍。そのぐらい容量が増えないと次の世代に行けないとなると、次世代DVDは単層で25から30GB必要である。そういった法則もBD開発のときには考慮されたのであろう。
■映画スタジオの意向を取り込んだBD
実はBD-ROMのプロモーションでも容量は重要なファクターであった。ワーナーはかつて30GBあれば十分であると私に言った(前回記事)。確かに30GBはBD1層の25GBよりも大きいのであるが、もうひとつ、ディズニーから聞いた言葉が忘れられない。05年1月の取材で担当者は「絶対に容量は必要。大きければ大きいほどいい」と言い、DVDの時のエピソードを披露してくれた。
「DVDは1層4.7GBだが、2層で8.5GBある。それだけあればゲームなどの特典もいろいろ入れられると思ってやっていたのですが、すぐに容量オーバーになってしまいました。クリエーターは、とにかくたくさんのコンテンツを入れたがるんです。そのときは最適な大きさだと思っていたものが、そんなことになったわけで、次世代DVDでは、余裕があるほうが絶対にいいと思ってBDを選択しました。余裕とは技術です。ディズニーはHD-DVDはevolution(進化)であり、BDはrevolution(革命)と思っています。だから、BDを採用したのです」
確かにソフトビジネスにおいても容量は大事だ。現状を考えるとBDソフトの半数以上が2層ディスクだ。
東芝はワーナーのニーズを聞いてHD-DVDのフォーマットを作ったが、BDもスタジオニーズをしっかり捉えた。それも大きな勝因だ。ディズニーには容量で感服させ、著作権意識の強い20世紀フォックスのためにBDプラスという著作権保護技術もわざわざ開発している。20世紀フォックスはAACSという業界標準の著作権保護技術に加え、BDプラスがあったからBD採用に至った。スタジオニーズもうまく取り込み、大容量だけでなくトータルでBDが魅力的に映った。
■東芝はなぜ小容量で突っ走ったのか
次の問題として、なぜ東芝が小容量で突っ走ったか。圧縮技術が進むと思ったのは技術的要件だが、その前提としてDVDフォーマットのホルダーメーカーとして、「0.6ミリ構造」をキープし、その延長上に新しい世界を描いたのだった。あくまでも「DVD世界」の中に、ハイビジョンメディアを描いたのである。だから、規格を決める場はDVDフォーラムでなければならなかった。
東芝は0.1ミリ構造の実現性に懐疑的であった。だからこそ自分の持っている技術にこだわったのだが、しかし、技術というのはある時点で大きく変わっていくのである。できないと思っていたものができるようになり、デファクトになることは多い。8ミリビデオは、酸化鉄しか使えないと思われていたなかでメタルテープを実用化して、実現した。現行DVDも、ソニーはCDと同じ構造の1.2ミリの厚さでないとできないと主張したのに対し、東芝が革新的な0.6ミリ構造を実現し、大容量を得ることができた。
当初は不可能に見える技術でも、必ずどこかに突破口があり、それを広げることで大量生産までにいたる。ソニーの数字によるとBD-ROMは昨年12月末までに映画用・ゲーム用含め1億1000万枚が量産された。そのうち3000万枚が2層ディスクである。0.1ミリ構造ディスクは、ちゃんとつくれるのである。
フォーマットを持っていた東芝が、BDの進歩に対し耳をふさいで、今の延長に新フォーマットを描いた。そのこと自体が小容量化につながり、逆にBDが支持された根本的な要因ではなかろうか。CDを担ったソニーはDVDを担えなかった。フィリップスのデジタルコンパクトカセットを、ソニーはMDで打ち負かした。そうした技術革新が旧来技術を打破する例はすごくたくさんあり、今回のHD-DVD敗退はまさに、旧式の技術の延長にある新フォーマットと、まったく新しく技術を擁立した新フォーマットが戦い、エボリューショナルな新フォーマットがレボリューショナルな新フォーマットに負けた典型例だ。かつてのDVD規格戦争では革新だった東芝が、今回は墨守になり負けた。
■東芝はBD対応機をつくるべき
では東芝はどうすべきか。2月19日の撤退会見において「BD事業はやらないのか」という質問に対し西田厚聡社長は「考えていない」と答えた。これは大変よくない答えだ。全世界で100万人以上のユーザーに迷惑をかけたのであり、同じ光ディスクでこれからデファクトになるものをつくらないというのは理にかなわない話である。
東芝のRDシリーズのレコーダーは高機能な編集機能を持ち、支持者が多い。RDはHDDでエアチェックしたコンテンツを編集して、パッケージメディアに移す最高の機械だと思う。BDはやらないが、DVD事業はやめないというが、それではこれからはハイビジョンはDVDに移せというのだろうか。それはいったい何なのであろうか。BDに参入するのは東芝の義務だ。私もRDの熱きユーザーであり、RDとBDの組み合わせをぜひ使ってみたい。(ブルーレイ・ディスク・アソシエーション(BDA)も慈悲の心で、暖かく東芝を迎えてあげましょう。)
ちなみに日経BP社のサイトにある「次世代DVDアンケートから考える東芝が本当にすべきだったこと」には、東芝ファンからの「BDのRDレコーダー待望論」が熱い。このような熱き東芝RD信奉者を切り捨てるようなことはあってはならないだろう。その決断は、記者会見で「やらない」と言い切った西田社長しかできない。
■BDは本当に最後のパッケージメディアになるのか
では今後の見通しとして次のパッケージメディアは現れないのか。私はそうは考えていない。NHKは2015年にスーパーハイビジョンを開始するとアナウンスしている。スーパーハイビジョンは8K×4Kの解像度を持つ。つまりフルHDの16倍の情報量を持つのだから、記録には16倍の容量が必要である。となると2時間録るためには1TBが必要になる。薄膜記録のBDでは到底足りず、BDとは違うまったく新しい技術、たとえばホログラムなどの厚膜技術によるディスクが求められる。
この時代にはホームサーバーが盛んになっていると思われるが、パッケージメディアに焼いてそれをコレクションすることは、人間の基本的な欲求であり、放送が変化するにしたがって新しいパッケージメディアが求められることは変わらない。SD時代はDVD、HD時代はBD、スーパーHD時代にはスーパーBDが求められる。技術者は頑張って開発してほしい。
HD-DVDは単なるフォーマットに過ぎず、その上のレイヤーに技術が乗っているのであり、東芝の持つCellやSEDなど、素晴らしい未来志向の技術には大いに期待したい。ホログラムディスクをいち早くつくるのも東芝がやるべきことではないか。
◆規格の勝者必ずしも事業の勝者にあらず【ITpro:四角利和】
東芝は2008年2月19日,HD DVD事業を終息させると発表した。プレイヤーやレコーダー,パソコンやゲーム機向けまで、すべてのHD DVD関連事業について製品開発と生産を打ち切る。この結果、ブルーレイ・ディスク(BD)方式が次世代DVDの覇者となるが、標準規格戦争に勝ったからと言って、ビジネスとして成功できるかどうかは予断を許さない。
「規格の勝者必ずしも事業の勝者にあらず」と題した以下の論考は、2005年3月に発行した日経ビズテック No.5年の特集「技術覇権の構造」の一部である。3年前に書かれたものであるが、HD DVDにブルーレイが勝った今こそ再読すべき内容と言える。
次世代DVDに限らず、AV(オーディオ・ビジュアル)分野の映像録画装置ビジネスの歴史は「標準規格戦争」の歴史であった。VTRに始まり、CD、DVDと、標準規格を巡ってメーカー各社は合従連衡を繰り返してきた。
過去の経緯を振り返りつつ、規格戦争に真に勝利するためのカギを見極めると、「特許戦略」と「部品も含めた販売戦略」の二つが浮かび上がる。さらに規格戦争そのものの枠組みを超える「ハイブリッド戦略」にも目配りしておく必要がある。(谷島 宣之=経営とITサイト編集長)
次世代光ディスクの規格争いを巡る報道がかまびすしい。ご存じの通り、松下電器産業やソニーなどが推進する「ブルーレイ・ディスク(BD)方式」と、東芝やNECなどが提案する「HD DVD方式」という二つの規格が業界標準の座を狙って主導権争いを繰り広げているからだ。次世代光ディスクプレーヤーに映像ソフトを提供するハリウッドの映画会社各社を巻き込んで、二つの陣営が互いの主張をぶつけ合っている。
次世代光ディスクは、DVDプレーヤーやDVDレコーダー、パソコン用のDVD装置などに搭載されている現行DVDの次を担う技術である。現在のテレビ放送映像よりも高精細なHDTV映像を二時間以上録画できる映像録画装置を実現する技術として注目を集めている。
最近の報道を見ると「家庭用VTRでの規格争いの再現」「消費者の利益を損なう」といった意見が多い。BD方式とHD DVD方式の両規格が激しく争う様子が、一九八〇年代に家庭用VTRで起きた「VHS対ベータ」の規格争いの構図と重なって見えるからだろう。
家庭用VTRでは、結果的に日本ビクターや松下電器産業などが推進したVHS方式が市場の支持を集め、家庭用VTRの業界標準の座を勝ち取った。その結果、ベータ方式向けの映像ソフトは次第に市場から消え去り、ベータ方式の家庭用VTRを購入した一般消費者は買い換えを余儀なくされた。次世代光ディスクで二つの規格が争えば、この「VHS対ベータ」のときと同じような状況になりかねない、と懸念する声がある。
▼VTR戦争の再来ではない
だが、家庭用VTRで規格争いが加熱した二十年ほど前と現在では、AV(オーディオ・ビジュアル)機器ビジネスを取り巻く環境が大きく異なっている。映像録画装置の技術は急速に進化し、新興のアジア系メーカーの台頭によって市場の構造はより複雑になった。もはや、家庭用VTRの規格争いと次世代光ディスクのそれを同列に扱って比較できるものではない。家庭用のAV機器で業界標準を握る意味ははっきりと変わりつつある。
私は三十八年間、松下電器でAV機器の開発や事業に携わった。レコードプレーヤーやCD(コンパクトディスク)プレーヤー、現行DVDといった製品群を現場で開発し、さらに事業責任者として指揮も執った。現在、規格争いを繰り広げている次世代光ディスクに関しても勃興期に関わった。家庭用AV機器の規格争いの渦中にいつも当事者としていたと自負している。
定年で松下電器を辞してから四年ほど経った。その間、機器開発とは別分野の事業も経験し、かつてのAV機器開発の経験や次世代光ディスクの現状を冷静かつ客観的に観察できるようになった。
大手AV機器メーカーの次世代光ディスク規格争いを読み解くには、過去の経緯を振り返る必要がある。一九八〇年代に登場したCDプレーヤーのことを思い出していただきたい。このオーディオ機器はデジタルAV機器の先駆けであり、かつてDAD(デジタルオーディオディスク)と呼ばれていた。映像用の光ディスクがDVD(デジタルビデオディスク、またはデジタル多用途ディスク)と呼ばれるようになったゆえんはここにある。
エジソンの蓄音機よろしく針でレコードの溝をなぞって音楽を再生する従来のアナログプレーヤーから、直径十二センチの光ディスクに変わったインパクトは強かった。CDプレーヤーがあっという間にレコードプレーヤーを駆逐し、市場がCDプレーヤー一色になった歴史を説明するまでもないだろう。
CDプレーヤーの規格策定を推進し、業界標準を握ったのはソニーとオランダのロイヤルフィリップスエレクトロニクスである。CDプレーヤーの普及は、業界標準の座を勝ち取った二社に多大なメリットをもたらした。まずCDプレーヤー自体の販売における先行者利益を得た。業界標準を創出したことで、ソニーやフィリップスは企業としての先進性も十二分にアピールできた。同じ八〇年代の家庭用VTRでも状況は同じである。業界標準方式であるVHS方式の開発を主導した日本ビクターや松下電器は大きなメリットを得た。
しかし一番大きかったのは、業界標準を勝ち取ることでもたらされる特許収入などの副次的な利益ではなかったか。正確な金額は定かではないが、CDプレーヤーでも家庭用VTRでも、規格策定を主導した各社の特許収入は年間で数百億円規模に達していたはずだ。一般にAV機器の売上高利益率は一〇%に満たない。これに対して、特許収入はそのほとんどが純粋な利益と考えていいから、いかに莫大な金額であるかが分かる。AV機器メーカーが規格争いを繰り広げる強い動機付けになっているのは、製品の販売における先行者利益よりも、むしろ巨額の特許収入といって過言ではない。
といってもCDプレーヤーや家庭用VTRの時代は、ソニーやフィリップスを除くほとんどのメーカーは「特許で収入を上げる」という意識を持っていなかった。例えば、CDプレーヤーを巡っては、DADというコンセプトでほかのメーカーも技術開発を競っていたわけで、重要な特許を保有していたのはソニーやフィリップスだけではない。だが、重要な特許を保有していても、その権利を戦略的に主張することはなかった。
▼「ミスター・プロダクトアウト」
ハードウエア至上主義と言えばいいのだろうか。「製品を売ることによる利益が第一義」という考えがAV機器メーカーに色濃くにじんでいた時代である。私自身がそうだった。「世界で初めての製品を作れば必ず売れる」と信じていた。
DVD関連の事業を任されたとき、当時の上司だった中村邦夫氏(現松下電器会長)から「ミスター・プロダクトアウト」というニックネームをいただいたことがある。当時、こうしたやり取りをしたのを覚えている。
「それ(ニックネーム)は、ほめてはるんでしょうか」
「ほめてるんや。あんた、ええもんを作ってたら売れると思っとるやろ」
「はい。思ってます」
「それはそうやけどな、もう少し考えなあかん」
当時は「もう少し考えよ」という意味を完全には理解できなかった。今思えば中村さんの言われた通りである。「これからの時代はハードウエア至上主義だけではだめ」「マーケティングや特許ライセンスなどを含めた総合的な判断によって事業を進めよ」という教えだったのだろう。
松下電器にいた私に限らず、八〇年代には各社ともハードウエア至上主義の事業担当者が多かったように思う。だから、特許収入をあまり重要視していなかった。CDプレーヤーの場合、普及してから自社の特許に気付き、過去の生産分にさかのぼって特許料を請求したメーカーもあった。とはいえ、請求された会社は「何で今ごろになって請求するのか」と不満を抱く。結局、特許料を値切られたりした。
その点では、ソニーやフィリップスは、ライバルメーカーの担当者であった私の目から見ても当時から一枚上手だった。彼らはCDプレーヤーに関しては特許のライセンサーとして戦略的に権利を主張した。実はベータ方式で家庭用VTRの規格争いに破れたかに見えたソニーは、VHS方式関連の重要特許も多く保有していた。磁気テープに録画する技術である以上、ベータ方式とVHS方式には共通した技術が多く存在したからである。だから、ベータ方式の家庭用VTR事業から撤退したものの、ソニーは特許収入でかなり潤っていたと聞く。
▼HD DVDが復活した理由
CDプレーヤーや家庭用VTRといった、かつて味わった甘い果実をもう一回食べたい。あるいは他社にとられ食べ損なった果実を今度こそ味わいたい。これが次世代光ディスクで二つの陣営が覇権争いを繰り広げる理由である。
現在、両陣営はハリウッドの映画会社の取り込みに躍起になっている。家庭用VTRやDVDプレーヤーで分かるように、コンテンツ供給者が魅力的な映像ソフトを多く提供してくれた陣営が市場で主導権を握れるからだ。
ご存じの方も多いかもしれないが、八〇年代にDAT(デジタルオーディオテープ)というオーディオ機器の規格があった。CDやDVDのような光ディスクではなく、デジタル録音可能な磁気テープの規格である。結論から言えば、鳴り物入りで登場したこの規格は大手レコード会社の大反対にあって日の目を見なかった。音楽用CDと同じ音質のデジタル録音が可能なので、音源のコピーが繰り返され、音楽用CDが売れなくなるという懸念があったからだ。この結果、音楽用CDからダビングできず、DAT対応の音楽ソフトも登場しないという、AV機器としては中途半端な代物になり、普及しなかった。
DATの経緯によって、AV機器の規格争いにおけるコンテンツ供給者の立場は高まった。映像メディアであれば「ハリウッドを抑えた者が規格の覇権を握れる」という構図ができあがったからだ。事業部長としてDVD事業を統括していた当時、私自身も試作器を携えて太平洋を渡り、ハリウッドの映画会社に何度も足を運んだ。現行DVDでも当初は松下電器や東芝などが提唱する「SD規格」と、ソニーやフィリップスなどが提案する「MMCD規格」という二つの規格が争った。最終的には二つの規格は一本化され、現在のDVDプレーヤーの規格になったが、当時は「どちらがハリウッドの支持を得られるか」という競争で切磋琢磨していた。
次世代光ディスクで主導権争いを繰り広げているBD方式とHD DVD方式は、今まさに同じような状況を迎えている。特にハリウッド重視の姿勢を鮮明に打ち出したのがHD DVD陣営であった。同陣営は一年ほど前から、映画ソフトを供給するための再生専用ディスクの規格作りを先行させた。ハリウッドの支持を得ることが、業界標準への近道と判断したためだろう。HD DVD方式が、レコーダーの製品化で先行するBD方式と対等、あるいはそれ以上の支持をハリウッドから勝ち得た理由はそこにある。
松下電器を退職する前に次世代光ディスクの議論が社内で持ち上がったとき、私はBD方式を支持した。正直言って当時「AOD」と呼ばれていたHD DVD方式がここまで進化し、BD方式を追い上げてくるとは思わなかった。
HD DVD規格は、現行DVDと同じ〇・六ミリ厚の基板張り合わせ方式を採用している。この方式は、現行DVDで使う技術を流用するため、ディスクや機器を製造する初期コストを低く抑えられる。ただし、その分だけディスク一枚当たりの記録容量を高めにくいデメリットもある。一方、松下電器やソニーなどがそれぞれ独自に開発していた光ディスク技術、つまり現在のBD方式は、〇・一ミリのカバー層方式を使うため、記録容量を高めやすい。実際、現在の両規格ではディスクの片面単層に記録した場合に、HD DVD方式が一五ギガバイトのデータを記録できるのに対して、 BD方式では二三ギガバイト以上を記録可能である。
思い起こせば現行DVDの規格争いの時にも同じような技術的議論があった。つまり「低コストを実現しやすい現行技術の延長線か」「最新の技術を採用した高い記録容量の実現か」である。CDの技術の延長線上を採用し、現行技術の流用を意識したのがソニーなどのMMCD方式で、〇・六ミリの基板張り合わせを採用して記録容量をより高めやすい技術を採用したのがSD方式だった。結果は両方式を融合させることになったが、主に採用されたのは記録容量を高めやすいSD方式の技術である。つまり「最新技術を採用した高い記録容量」を目指す道が選択された。
こうした歴史をみると、次世代光ディスクでは記録容量をさらに増やす方向が当然の筋道だろうと私も思ったし、松下電器の担当者もソニーの担当者もそう思った。そこで、現行DVDの延長である〇・六ミリの張り合わせではなく、〇・一ミリの薄型に挑むことにしたのである。次世代光ディスクの重要コンテンツであるHDTV映像の映画ソフトを二時間以上に渡って格納するには、二〇ギガバイト以上の記録容量が必要だったからだ。この判断が「AV機器開発では影響力のあるソニーと松下電器などの大手メーカーが大同団結してBD規格を推進する」という二〇〇二年二月の発表につながった。
ところが、この一年ほどの技術の進化によって「現行技術の流用」というHD DVDの利点が際だってきた。映像データの圧縮技術が進化し、当初無理だと思われていたHD DVDの記録容量で十分に高画質HDTV映像を二時間以上録画できるようになった。具体的に言えば、当初は「MPEG2」と呼ばれる映像圧縮技術の国際標準方式が主流だと思っていたが、より圧縮率の高い「H.264」という国際標準方式が登場した。顧客はBDやHD DVDのようなフォーマットを購入するのではなく、高画質・低価格のHDTV映像ディスクを買うのである。
これで状況は大きく変わった。一昨年には「業界標準を取るのは絶対にBDである。なぜならHD DVD陣営には事業を推進する人物がいない」と指摘する声を聞くほどで、HD DVD陣営に勢いはなかった。だが最近の報道を見るとHD DVD関連の発表会には規格を主導する東芝から役員クラスが出席するようになった。HD DVD陣営が状況に自信を持ったからであろう。
状況の変化に伴って、ハリウッドの判断も変わってきた。光ディスクの技術をさらに前に進めて記録容量を高めるというメーカーとしての判断を下したBD陣営に対し、HD DVD陣営は市場の現実をにらみ現行技術の延長線上で開発を進めた。HD DVD陣営に賛同したハリウッドの映画会社にとっては、同陣営の現実解が魅力的だったということだ。
実はここからが問題である。次世代光ディスクでは、業界標準の規格を握ることが、必ずしも大きな利益に結びつくとは限らないのだ。冒頭で述べたようにビジネス環境はここ十年ほどで大きく変わり、かつての「VHS対ベータ」やCDプレーヤーのような単純な構図ではなくなっている。
▼業界標準は利益を約束しない
まず製品販売における先行者利益は限りなく小さくなりつつある。私は十年ほど前に現行DVDプレーヤーの第一号機の開発を手がけたときにそのことを実感した。このときに驚いたのは、初回の製造ロットを作ったときから、完成品の不良率が一%前後だったことである。LSIや光ピックアップなど、DVDプレーヤーを構成するすべての部品は世界で初めて開発した新品である。当然、手本はない。私の長い機器開発の経験に照らしてみると、まったくの新製品で一%前後の不良率というのはあり得ないことだった。
これは、DVDプレーヤーのようなデジタル機器は、内部を構成する基幹部品さえ手に入れられれば、だれがどこで製造しても同じ水準のものづくりが可能ということを意味する。DVDプレーヤーの販売では、先行逃げ切り型の戦略を採らなければならない。この点は家庭用VTRやCDプレーヤーとは大きく異なっていた。
家庭用VTRは、磁気テープを走行させるための機構部を生産する技術が必要だった。この技術は熟練した職人技と高価な加工マシンが必要で、韓国や台湾、中国といったアジアの機器メーカーは簡単に追随できなかった。カメラ一体型の家庭用VTR、いわゆる家庭用ムービーの市場はいまだに日本勢が独占し続けていることが生産技術の難しさを示している。CDプレーヤーでも、製品が登場してからかなり長い間、アジアの機器メーカーは競合品を生産できる水準に達しなかった。
だが状況は変わった。次世代DVDではさらにその傾向が強まろう。アジアの機器メーカーは、CDや現行DVDの開発製造の経験から、光ディスク関連の生産技術を完璧にマスターしている。BD方式の規格策定には、韓国のサムスン電子やLG電子などが参加した。LSIと光ピックアップといった基幹部品さえ手に入れられれば、規格を策定したメーカーはもちろん、規格作りに参加しなかったメーカーであっても、次世代光ディスクのプレーヤーや録画装置を難なく作り上げるだろう。そうなれば中国を中心としたアジア系メーカーに日本メーカーは製造コストで太刀打ちできなくなる。
「完成品の不良率一%前後」にショックを受けた私は現行DVD事業を開始するときに二つの戦略を立てた。一つは、DVDプレーヤー製品でできる限りの先行者利益を上げること。それでも大きな利益を上げられるのは、ほんの数年。そこで二つ目の戦略として、基幹部品の外販、ディスクの製造といった関連事業にも同時参入した。機器よりも部品を販売した方が格段に利益率を高めやすいと判断したからだ。
最近、松下電器など日本メーカーは「ブラックボックス」という言葉をよく使う。まさにLSIや光ピックアップがそれに当たる。真似されない自信があるのならば絶対に手放さずに社内で技術を保持し続けることは利益の源泉となる。今でも現行DVD関連のLSIと光ピックアップに関して、松下電器は利益を上げていると聞く。
私の予想通り、現行のDVDプレーヤーやパソコン用のDVD装置のビジネスでは、わずか三~五年で中国メーカーや台湾メーカーからキャッチアップされた。次世代DVDプレーヤーではもっと早まるだろう。勝ち残る規格を策定した機器メーカーだとしても、製品販売で先行者利益を得られる期間は非常に短い。
このことは次世代光ディスクでも、薄型テレビでも同じである。ほんの短い期間の初期需要を過ぎれば、後発のメーカーからの追い上げに遭い、激しい価格競争に巻き込まれる。基幹部品の外販まで視野に入れた事業全体の戦略を考えないと尻すぼみになる。基幹部品を製造し、販売する用意がない機器メーカーは、業界標準を勝ち取ったとしても苦戦するはずだ。
▼特許収入が小さくなる
製品の販売で先行者利益を得られる期間が短くなった以上、業界標準の規格策定に関わって特許収入を得ることが重要になる。ただし、かつては莫大な利益をもたらした特許収入の威力はかなり小さくなっている。家庭用VTRやCDプレーヤーの時代は、規格策定に関わった企業の数が少なかったこともあり、独占に近い形で特許ライセンス利益を享受できた。だが、今や多くの企業が規格策定に関わり、クロスライセンスが当たり前になった。会社の数が増えたが故に「うまみ」は以前ほどではなくなっている。
BD方式とHD DVD方式のいずれの規格が業界標準を勝ち取っても、恐らく昔に比べれば両陣営のメーカーにとって特許収入にさほどの差は出ないのではないか。どちらの方式でも共通に利用している重要な技術が必ずあるからだ。
ただ台湾、中国等に対する特許戦略は重要である。それらの国への積極的特許出願やローヤリティ戦略は、特許料収入と不必要な価格低下への牽制けんせいになる。
技術のデジタル化が進んだことで、家庭用VTRやCDプレーヤーの時代とは、AV機器の規格で業界標準を取ることの意味がだいぶ変わってきたように感じている。もちろん企業ブランドに関しては、今も大きなウエイトを占める。DVDプレーヤーの規格争いで、MMCD陣営は主導権を握れなかった。特許収入の点で大きな実を取ったが「新しい製品を提案する会社」という企業イメージについては傷が付いた。
▼ハイブリッドこそが覇権のカギ
次世代光ディスクの規格争いで両陣営が妥協し、歩み寄る余地がなくなってしまったように見える。基幹部品の光ピックアップに関して両陣営の技術が大きく異なるからだ。記録再生に使う青紫色レーザーの波長は同じだが、レンズ技術の開口率が違う。このため、原理的に二つの技術を融合させにくい状況が生じている。この点が最終的に一本化された現行DVDとは違う。
松下電器にいたころ、ソニーの出井伸之会長と現行DVDの規格について話す機会があった。出井会長は「光ディスクを得意としている日本メーカーが分裂して争うのはおかしい。規格を統一し日本メーカーが世界をリードしながら、個別の製品で競争いくべき」と主張された。私はこの意見に賛成だったし、今でも正しいと思う。このため再生専用の規格だけでも一本化して欲しいと思うが、製品化が始まりつつある今、企業のメンツがあり一本化は難しい段階に入ったかもしれない。
ただ幸いなことに光ディスクの寸法は直径十二センチ、厚さ一.二ミリであり、二つの方式で共通である。ここが家庭用VTRの「VHS対ベータ」のときと決定的に違う点だ。VHS方式とベータ方式では、磁気テープを格納するカセットの寸法が全く異なっていた。だから、機構系を共通化することが非常に難しく、両方のカセットを利用できる機器を開発しにくかった。
ディスク径が同じ光ディスクならば、その制約は少ない。DVDレコーダーなどに使われている現行の記録可能なDVD装置を見れば一目瞭然である。ほんの数年前には、DVD?RAMやDVD?R、DVD+Rなど、複数の規格が乱立していた。その当時私は当事者だっただけに、BD方式とHD DVD方式を巡る報道のように規格乱立を憂う声があり、聞いていて耳が痛かった。
しかし今ではすべての規格の光ディスクを記録再生できる、いわゆるDVDマルチあるいはスーパーマルチ装置が主流になりつつある。規格が乱立し、激しい舌戦を繰り広げたものの、最終的には複数の規格の差を技術で乗り越えたわけだ。恐らく次世代DVDも同じことになるのではないか。
心ある技術者なら、BD方式とHD DVD方式の両方を再生可能な、あるいは両方を記録再生可能な光ディスク装置の開発に着手しているはずだ。両方式に対応するハイブリッド技術を真っ先に開発し、その特許を握ったメーカーこそが、最終的に次世代光ディスクの技術覇権を勝ち取るのではないかとにらんでいる。
報道を見る限り、ハイブリッド技術の実現は今のところかなり難しい。開口率の異なる二つのレンズを光ピックアップに組み込んで切り替えて使う、あるいは開口率を適応変化できるレンズを開発する、といった方式があるが、確かにどちらも実現するハードルは高そうである。
だがニーズがある限り、必ず資金と人材が投入され、技術は進化するはずだ。これまでも不可能といわれてきた技術がほんの少しのキッカケで急進展したのを何度となく見てきた。例えば、DVDとCDは波長が違う赤色光源を使う。それを一つの半導体レーザー素子で実現するのは難しいとの声が強かった。だから、最初のDVDプレーヤーではCDとの互換性を取るために波長が異なる二つの半導体レーザー素子を搭載していた。これがコスト増につながっていた。だが、しばらくすると二種類の波長を出力できる素子が登場した。一社が技術開発に成功すると、不思議なことにそれまで開発できなかった後発も必ず続く。当初は高額だった二波長レーザーも、開発競争によって今では非常に安価になった。
まだ想像でしかないが、同じことが次世代光ディスクでも起こるだろう。現在、次世代光ディスク装置用の青紫色半導体レーザーの単価は数万円と非常に高額だ。CDプレーヤーを最初に開発した当時を思い起こせば、波長が八百三十ナノの赤色半導体レーザーの単価は八千円ほどで、やはり高額だった。そして球面レンズ三つから成るCDプレーヤー用の対物レンズの単価は二千六百六十円だった。それが今は、赤色半導体レーザーの単価は百円を遙かに切り、レンズは数十円とほぼ百分の一の水準になっている。
技術開発のスピードが加速している現状を考えると、次世代光ディスク用の部品のコスト低下はもっと速いはずだ。CDプレーヤーのように十年かけてコストを下げていては、とてもではないが普及は見込めない。つまり二つのレンズを切り替える方式を採用したところで大きなコスト増にはならない状況がそう遠くない将来にやってくることになる。
もう一つの基幹部品であるLSIに関しても、映像圧縮技術は前述のH.264、VC1、あるいはMPEG2で一本化されそうである。半導体の微細加工技術のロードマップを見れば、両方式に共通で使えるLSIの実現は、光ピックアップほどは難しくない。ディスクについてだけはハイブリッド品は難しいかもしれない。ただ両方式のディスクをそれぞれ製造するコストは量産すれば差がなくなる。同じ寸法で、ほぼ同じ材料を使う光ディスクなので、材料費はほとんど同じだからだ。
現在は外野席に座っているため、勝手なことを述べた。まとめとして私の希望を書くならば、最終ユーザーに混乱を与える可能性のある再生専用ディスクの一本化が望ましい。企業のメンツで二つの規格の歩み寄りが難しいとしても、二つの規格の差を技術で埋めて欲しい。不可能を可能にすること、そして多くの一般消費者に開発品を使ってもらうことが、技術開発における最上の喜びなのだから。























comments